俊輔・闘莉王退団に思う鹿島の世代交代の上手さ;戦力外通告の秋田・セレーゾらが貫くクラブ愛

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 今オフ、横浜Fマリノスと名古屋グランパスの主力選手大量放出が話題を集めています。レジェンドと言える中村俊輔、田中マルクス闘莉王がいずれも喧嘩別れのようにしてクラブを退団する形になったのは残念です。

 世代交代の難しさが露呈しているわけですが、そんな中で注目したいのが鹿島アントラーズ。鹿島はこれまで何度も世代交代に成功してきました。その際には、かなりシビアな判断を下したこともあります。ただ、鹿島が戦力外通告をしたレジェンドたちを見ると、今でも皆鹿島が大好きなんですよね。何人か例を挙げてみると、

レジェンド1. 秋田豊
在籍期間:1993-2003年
実績:334試合20得点、リーグ優勝4回、W杯2回出場
退団の背景:
33歳で衰えが見られ始めた年俸8100万円の秋田に対して、金古聖司らへの世代交代を図る鹿島強化部が0円提示。秋田は年俸7000万円で名古屋へ移籍。
その後:
2009年2月にカシマサッカースタジアムで引退試合。今では鹿島大好きおじさんとして、解説中に鹿島絶賛を始めるのがお決まり。鹿島愛があふれすぎて他サポからはうんざりされている。


ネクタイは鹿島カラー。


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レジェンド2. 本田泰人
在籍期間:1992-2006年
実績:328試合4得点、リーグ優勝4回
退団の背景:
6年連続でリーグ優勝を逃すという事態を受け、鹿島強化部が大規模な世代交代を図り名良橋らとともに戦力外に。当時の年俸は4000万円。
その後:
当初は移籍を検討したが、「他チームのユニフォームを着てプレーする姿がイメージできませんでした。」とのことで現役を引退。昨年は鹿島の優勝を予想して見事的中。元日にはfacebookで「ジーコが築き上げてきた伝統を石井さん、小笠原中心に継承してくれていることを実感します。OBとして誇らしいです‼︎」と投稿。ちなみに、退団翌年から鹿島は史上初のリーグ3連覇を達成。

レジェンド3. 名良橋晃
在籍期間:1997-2006年
実績:196試合16得点、リーグ優勝3回、W杯1回出場
退団の背景:
内田篤人にポジションを奪われ、本田と同じ年に世代交代の方針で戦力外に。当時の年俸は5000万円。古巣・湘南に復帰した。
その後:
退団時に、「自分が着けていた2番は必ず篤人(内田篤人)に着けさせてくれ」と懇願。内田が鹿島の「2番」を受け継ぐことになった。今でも自分からポジションを奪った内田のことが大好きでアモーレと呼ぶ。アモーレ内田が鹿島に遊びに来ると、名良橋も鹿島にやって来る。


というか、何故かコスプレして鹿島に出没する姿がたびたび目撃される。

 最近は、本山雅志、青木剛など、まだまだプレーできる余力を残しながら自ら後進に道を譲って他クラブに移籍していくレジェンドが多いです。岩政大樹は退団時、「新しい時代へ進もうとするチームでの自分の最後の仕事として、鹿島アントラーズを去ることを決断しました。僕は、サッカーという世界はリレーだと考えています。自分は大先輩から受け取ったバトンを次の世代に渡す任務をしっかり果たせたと感じていますし、共に過ごした後輩たちには新しい常勝鹿島の黄金時代を築いてくれることを期待しています。」とのコメントを残しています。

 また、鹿島を解任されたセレーゾ監督も、ブラジルが生んだ伝説的選手ですが、今では鹿島大好きおじさんの一人に。クラブワールドカップ決勝では鹿島vsレアル・マドリードの試合観戦中に居ても立ってもいられなくなり、鹿島の通訳スタッフに「レアルが嫌がっていることをやれ」、「ボランチでこそ柴崎は生きるんだ」、「柴崎をボランチに下げろ、と今すぐ石井(監督)に伝えろ」と大興奮して矢継ぎ早にメールでアドバイスを送ってくれました。

 このように、鹿島は一見ドライとも感じる世代交代や解任劇を行っても、退団した選手や監督たちがずっと鹿島を愛してくれています。今オフも、レジェンドの一人である小笠原満男がいるボランチのポジションにレオ・シルバを獲得しましたし、曽ヶ端準とゴールキーパーのポジションを争う選手の補強を目指していますが、小笠原や曽ヶ端から不満は全く出てきませんし、聖域なき世代交代を緻密に進めている印象です。

 では、何故鹿島だけが世代交代が上手くいくのか?これを明らかにするのは簡単ではありませんが、ジーコの教えが大きな理由でしょう。ジーコはファミリーという概念を打ちだし、チームの結束力・一体感を最重視しました。その教えを受け継ぐ鈴木強化部長は、選手やスタッフに「帰属意識」を持ってもらうため、クラブ側が彼らをファミリーの一員として大事に扱うことを意識。戦力外は最低限にする、戦力外にする場合は必要ならクラブで移籍先探しを手伝う、新人は最低でも3年はクビにしないなどのルールを守っています。

 その結果、中田浩二や柳沢敦などの移籍経験者も最後は大事にしてくれた鹿島に戻り、今ではスタッフとして活躍して鹿島の伝統を伝える側に回っています。また、現在ドイツでプレーする大迫勇也は「最後は鹿島でプレーしたい。」と明言していますし、内田篤人も何度も鹿島を訪問してくれます。鹿島には戻ってきたくなるだけの魅力があるということです。

 クラブが選手ひとりひとりを愛するからこそ、選手も鹿島を愛し、それゆえに後進に道を譲ることもいとわないという良いサイクルが出来上がっているように思います。信頼するクラブの判断なので、戦力外や解任という判断を素直に受け入れられるのではないでしょうか。結局、同じ戦力外でも、信頼するファミリーから伝えられるのと、よく知らない新フロントから伝えられるのとでは、選手の受け止め方が180度異なってくるのでしょう。

 そう遠くない将来、小笠原や曽ヶ端とも選手としては別れの時が来るはずです。そのときもお互いにファミリーとしての愛情を持った状態での世代交代になってほしいですね。

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